2023/07/03
女王蜂のライブに行ってきた。
久しぶりすぎてもういつ以来なのか思い出せないくらい久しぶりに。
客層が変わったというか、色んな人がいておもしろかった。性別も年代も、ファッションの傾向もバラバラ。ライブ慣れしてなさそうな人もたくさんいた。私の前にいた小柄な女性2人組は、どんな関係だったんだろう。1人は中学生くらい、もう1人は大人に見えたが、母親にしては若すぎる(勝手な感想)。どちらかが一方の付き添いなのかなと思ったけど、2人ともそれぞれにファンのようで、表情は見えずとも楽しそうな様子が伝わってきた。そのさまがなんともかわいらしくて、こちらまで嬉しくなった。
当の女王蜂はというと、音楽的にもステージングも洗練されていたけれど、芯の部分は変わらず、ブレることなくそこにあって、素晴らしかった。オーディエンスの反応はというと、あまり一体感がなかったが、それは良いことのよう思えた。お約束が凝り固まったり、古参が幅を利かせすぎたり、ライブカルチャーに精通してる人(または自分はそういう人間だと誇示するタイプの人)しかいない状況は、女王蜂に似つかわしくないような気がするので。どんなライブでも一体感があると楽しい一方で、同調圧力の気配に気分が悪くなることもある。(でも女王蜂にも定番の流れみたいなものは存在して、後々ツイッターで新規に苦言を呈してる人がいたのは知ってる。曲間の神聖なブレイクを声援で邪魔するなよ、みたいな。ただ女王蜂に関しては、オタクが決め込んで統率をとるまでもなく、おのずと息を飲んでしまうくらいの力があると思うし、自然に発せられた咆哮を疎むほど心狭くないと思うんだけど、どうなんでしょうか。)
今更ながら、ひばりくんが女王蜂にもたらしたものはとても大きいんだろうなと思った。あんなエモーショナルなギター弾かれたらたまらない。あんなに最高なギタリストなのに、ゃしち含め本気のパラパラも魅せてくれてたまらないッ……!私の応援してる人たちパラパラしがち。
ホールツアー行きたいな。
ザ・ビューティフル・ゲームをみたよ~
ザ・ビューティフル・ゲーム完走おめでとうございます!終わったからネタバレ……ということは特になく感じたことを殴り書いていきます。細かいストーリーや場面はなぞってなくて、見てる間や終わったあとにぐるぐる考えていたことなど。
ザ・ビューティフル・ゲームに触れるまで、北アイルランド問題について全く知識がなかった。
最初、たった50数年前の話だなんて信じられない!なんて思ったけど、2000年代まで続いていたらしい。同じ時代を生きていたのに、あまりにも無知だった。
正直なところ、戦争、紛争と聞くと昔のことだと感じてしまう。戦争=第二次世界大戦のことだという感覚がベースにあるように思う。世界を見渡せば、ウクライナ侵攻も解決していないのに。今もジョン、メアリー、トーマスたちのような思いをしてる若者がいるかもしれない。
芝居が観られる平和がありがたいなぁと思いつつ、そもそも何の争いもない世界だったらこの作品は生まれていないだろうから、矛盾した状況に頭も心もこんがらがった。
でも観劇中は、素直に、登場人物たちと共に喜び、悲しんだ。とにかく楽しく観ることができたのでそこは誤解なきよう。若い力迸るダンスや歌にワクワクが止まらないし、キャストそれぞれの熱演に胸打たれるわけです。(みんな才能にあふれすぎてる。日本の宝。)
超楽しい!かっこいい!かわいい!私にも歌わせてくれよ!ショートパンツの男たちは最高!!!!!!!
ロイド・ウェバーの曲はとてもロマンティックでキャッチーだった。あの演奏と歌声を聴きにもっと通いたかったな。スタンダードナンバーのような普遍的な美しさを持ちながら、曲によっては押し寄せる変拍子!変拍子好き!アイリッシュ要素たくさんでたまらない!歌う人たちめちゃ大変なやつ!最高!フゥー!
そして高揚の中、はたと思い出すわけです。アイルランドの歴史を。アイルランドの音楽は好きだけど、そのきっかけは学生時代リバーダンスを演奏したことだった。リバーダンスは伝統的なアイルランド音楽、アイリッシュダンスを元にしたパフォーマンスだが、あの独特のダンスは、イギリス統治下で厳しい迫害を受けたことが背景にあるそうなのだ。その件に関しては16世紀ごろまで遡るので、今作の北アイルランド紛争とは別物だけれど、イギリスとアイルランドの問題は根深いんだと改めて感じた。そこでまた揺り戻しに遭う。
作品をただ楽しんでいるだけでいいのか?
私はのんきに芝居を見てあわよくば帰りに日比谷のパン屋で好きなスコーンを買って帰ろうとか、ミッドタウンでシャレたメシでもキメたろかと画策したり(食しかないんか)……メンバーが観に来てるからって休憩終わりギリギリまで後ろを振り返ってくる娘たちに苛立つような人間の小ささも露呈させ(感情の吐露にかこつけた吊し上げ)……本当にこれでいいのか?
でもこの作品が描くのは、凄惨な出来事だけじゃない。サッカーに明け暮れ、仲間とふざけ合い、恋に落ちる。それは当たり前に続くはずだった日常だ。それらが侵されようとしたとき、各々の立ち向かい方によって道が枝分かれしてしまったんだと思う。
では、もし私の生活が同じように荒らされてしまったとしたら? 芝居を観ること、おいしいものを食べること、こうやって自由にブログを書くこと。この平凡な毎日が奪われたとき、私はどうやって闘うのか。どんな立場に身を置くのか。そんなこと考えたって答えなんか出るわけないんだけど、考え始める地点に立ったことが自分としては大きかった。遠い異国の過去の話を観に行く感覚だったのに、結局は自分に立ち戻るのだ。あの日のベルファストの空と、いま私の頭上に広がる空はつながっている。
小瀧さんのお陰でまた新しい作品に出逢えましたありがとう。まっすぐな歌声、ジョンにぴったりだった。ジョンを演じられる人が見つかったから、今の日本で上演できたのだと、勝手に思っていますよ。あなたの舞台が毎年の楽しみなので、長生きできるようがんばりますね。
ミュージカル初心者なんだけど、歌い踊る人たちを観ると泣いちゃう人種なので、好きすぎる世界だなと改めて思った。生演奏も贅沢だった。演奏と歌唱の息の合わせ方とか今まで考えたことも無かったのだけど、本当に感激した。初めて観た回で(運良く2回拝見しました)、rit.がかかる箇所、オケとメアリーのrit.がピタッと合っていて、でもジョンは少しずれてしまっていたことがあった。(小瀧さん批判ではないです!)指揮も見えず、アイコンタクトもできない中でどうやって合わせてるの?! と衝撃だった。ミュージカル畑では当然のことなんだろうか。2回目に拝見した際はジョンもしっかり合っていたので、日々進化していることにさらに感動した。
次はオケピで演奏される演目も観てみたいな。今後もし、この人だ!と思うミュージカル俳優さんに出会ってしまったら最後かもしれない。後戻りできなそう。ミュージカル沼怖いよね。それはそうと木下晴香様の素晴らしい歌声がまた聴きたいです。晴香様……
私の愛しい男たち ②(舞台『赤シャツ』感想)
赤シャツの感想を書いてたら鬼長くなってしまったので、一度全部消して箇条書きしてみた。
箇条書きでも長くなった。
⚠️以下、赤シャツネタバレ祭⚠️
■率直な感想
・赤シャツのバリエーションが色々あって可愛かった。襟だけ白かったり。
・合わせてる背広が、冒頭は麻っぽい素材でアイボリー(残暑)、後ろの方はブラウン(秋)て感じで、めちゃくちゃ似合ってた。
・その上たった1ヶ月ちょっとのお話なんだけど季節の変わり目を感じさせるコーディネートで最高だった。
・てか上演時期とぴったり合ってるのか、今気づいた。
・蝶ネクタイ似合う。着せたくなるのわかる。
・浴衣の下にも赤シャツ着るんかい。徹底しとるな。
・浴衣の下は書生さんみたいなスタンドカラーの赤シャツなのね。
・野だいこ吉川先生の軽妙なセリフ運びがたまらん!あまりに流麗でどこで息継ぎしてるのかわからない。口が脳を追い越してそう。
・うらなりかわいい。
・マドンナさんの溌剌とした感じがすてき!座ったあとの袖の始末とか、所作も美しかった。
・ウシさんの「ぞなもし」がクセになるぞなもし。
・高橋ひとみさんの艶っぽくて美しいところが全然なくて(いい意味)ウシさんだった。
・うらなりかわいい。
・「慕われるのは閉口するが嫌われるのはもっと嫌」な赤シャツメンタリティわかりすぎてつらい。
・自分も少し前まで「嫌いなやつにまで嫌われたかない」という気持ちで生きていたので。
・「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている」坊っちゃんと、「親譲りの八方美人で子供の時から苦労ばかりしている」赤シャツが正反対な人物として描かれてるだけでなく、【清⇔ウシ】【坊っちゃんの兄⇔赤シャツ】【坊っちゃん⇔武右衛門】と、同じ位置に属する人物として対比させることで、原作『坊っちゃん』の読み方も豊かになるところがすごい。『坊っちゃん』には清が坊っちゃん以外の者と話す描写すらなかったと思うが、ウシを通して想像することができる。清が坊っちゃんに依怙贔屓しすぎてて忘れてたけど、兄のことももちろん世話してたわけで……坊っちゃんに対しては、兄は立派にはならないと言っていたけど、兄と清の本当のやり取りはわからない。赤シャツとウシのような関係が、実際はあったかもしれない。親の遺産を整理して坊っちゃんに六百円渡したきり会っていない兄も、赤シャツが武右衛門に対してそうであるように、弟への不器用な愛情を秘めていたように思う。
・武右衛門くん伸び伸びやっていて良かった。
・武右衛門くん遊んでる。(公演2日目の時点で割と)余裕あるな。
・武右衛門がしっかり反抗しないと赤シャツ側も押さえつけられないので、ちゃんと歯向かってて良かった。
・来年、陸軍幼年学校を受けたいということは、武右衛門くんは中学4年生なんだろうか?(旧制中学校は五年制)と思ったけど、陸軍幼年学校は満13歳~15歳の少年たちが入るところらしい。中学卒業してなくていいのか。であれば14〜15歳くらい?当時は数え年だとしたら実質13〜14歳かな。それにしては随分弁が立つなぁ。血は争えないわねぇ。
・赤シャツと武右衛門が同時に上下にはけていくところ、決裂した兄弟仲が視覚化されていてよかった。タイミングもスピードもビタビタにシンメトリーでさすがのステージング。
・2階から見たら、セットの床に一部線が入ってるところがあった。畳を表現しているのかもしれないけど、畳のヘリを踏んでるようにも見えてしまったので無い方がいいなぁと思った。1階席からだと一切見えないので気にならなかった。小うるさくて申し訳ない気持ち。
・黒猫の掛け軸に「漱石子」のサイン
・近い席だと畳をつかむような、ひっかくような音とか、静かな呼吸とかまで聞こえた。そこにいる……。
・滑舌と声の通りの良さが無ければ赤シャツという役は成立しなかったかも。
・マドンナに迫られるところ、ついオペラグラスをスチャ、としてしまい恥ずかしかった。
・小鈴さん大好き!所作も美しいし、艶っぽさと可憐さのバランスが絶妙で、上品なのに親しみも持てる。なんだろう?しっかり芸者さんなのに商売女感がしないのは。そりゃ惚れちゃうよ。声も素敵で、高すぎず低すぎず、細すぎず太すぎない不思議な魅力。宝塚以外の舞台初って嘘でしょ?角屋のシーン、お兄さんの話をしてるところは伏し目がちだったから気づかなかったけど、はけていくときに涙の跡に気づいてトクン
・角屋の番頭さん、肩肘張らない柔らかい振る舞い、さすがです。へーこらしつつちゃっかりしてて。
・ピロシキを見るとカレーパン食べたくなる。
・「巨人引力」の引用は、巨人引力に呼ばれるままに落ちていくボールのように、ありのまま、流されるまま生きたいという気持ちなのか?という勝手な解釈。
・赤シャツ紋付袴めちゃ似合う。
・徴兵忌避の話も紋付袴のまましないといけなくて情けなさ倍増きつー
・やっぱりおかやまさん大好きー。校長お腹ぽんぽこしててかわゆ。
・校長と武右衛門ちゃんのやり取りで、聡ちゃん謎の動きしてたの良かったなぁ。うまく説明できないけどとにかくその瞬間はキレキレだった。
・校長室での巨人引力のくだりは、なんだか怖かった。赤シャツの考えてることが理解しきれなくなり、一連のことは結局誤解ではなく、赤シャツの策略だったのか?と思ったりもする。解釈が広がる不思議なシーン。
・前の方で見たときは赤シャツが畳を掴む、ひっかくような音とか、細かい息の音も聞こえて震えた。
・1回目見たときは男らしくなりたいなぁ……で泣いた。
・3回目のときは、男らしくなりたいなぁ……のセリフの後、次のセリフを言う前に体、手、呼吸が震えてた赤シャツに泣いてしまった。けど肝心のセリフが思い出せない。。しかも戯曲にも書いてなかった。ミステリー。
・ボロボロの赤シャツSexy
・髪が乱れると若返る不思議
・愛しい背中
・小鈴のこと泣かしたらあたしが許さない。
・20世紀は坊っちゃんや山嵐のような人が生きにくい世の中になると言ってたけど、赤シャツのような人は19世紀でも21世紀でも生きにくいだろと思った。だからそんなに未来を悲観しないで。
・赤シャツが彼らに憧れる気持ちはわかるけど、結局のところ、誰も彼も自分以外の人生は生きられないっていう話に感じた。なので男らしいとかどうとかごちゃごちゃ言ってはいるけど、実のところ今作は多様性の物語なんじゃなかろうか。あるがままを生きるしかないし、それでいいんだよと言われたような気がした。
・天木先生が遊女を足抜けさせたということは、中学校教師の給金じゃ身請けは無理ってことか。ならもし赤シャツが小鈴を身請けするとなったら一体いくらくらいかかるのか気になる。教頭ならいけるのか?
・ラストシーン、赤シャツの目に光るものが
・カーテンコールの振る舞いはまさに当世流円滑紳士
・なので靴下くらい履かせてあげたかった
■観たあとの変化
・赤シャツ観てから、少しだけ、いい意味で諦めがよくなった気がする。特に仕事の上で。全員が100%幸せになる道なんてそうそうないんだから、変にこねくり回す前に諦めるようと思える。
・ただ、ツイッターで毎回観劇報告をしなかったのは、多ステしてるのをフォロワーさんたちはどう思うんだろう?という気持ちから抜け出せなかったから。FCでは当たらなかったけど良い方に譲っていただきましたもちろん定価で。
・結論。人はそうそう変われるもんじゃない。
■おまけ(2002年 第46回岸田國士戯曲賞選評を読んで)
色々調べる過程で、掲題のページに行き当たった。『赤シャツ』は受賞を逃しているが、選評が気になったので紹介してみる。ちなみにこの年は該当作品なし。
□岩松了氏選評(抜粋)
どうしても赤シャツが坊ちゃんや山嵐の生き方を「あんな風に生きることが出来たら」と思う根拠が納得出来なかった。その対立が描かれていないと思ったのだ。ということは、やはり原作で描かれている対立によりかかっていて、マキノ氏自身が「あんな風に生きることが出来たら」ということに対する執着もないまま、この作品を産みおとしてしまっているように感じた。(中略)早い話が、赤シャツのような生き方のどこが悪いの? それ悩む必要ある? と言いたくなるのだ。
なるほど……でも、はたから見たら悪く思えないこと、悩む必要のなさそうなことを悩むのが人間じゃん!と反論したくなるな。単純や真率が笑われる世の中になっていくのを憂いながらも、自分を変えることはできず、変えるつもりもないんじゃなかろうか。そういう人の生き方を、ちょっと覗いてみるだけでおもしろい。というのがこの作品なのかと思う。岩松さんのことは好きです。
□野田秀樹氏選評(抜粋)
この戯曲は、その誤解を作品の中で消化するものでなく、誰もが坊っちゃんを読んでいるという前提で作られています。すなわち、この戯曲が取り扱っている「誤解」は、日本人なら誰もが知っている小説の「誤読」と言った形での誤解です。問題は、このように誤読しなければならない「作家の理由」が見あたらないことなのです。だから何故、野だいこは、野だいこのままで、赤シャツだけが、弁護されるような誤読の意味があるのだろうと考えさせられます。それは、徴兵拒否なのだろうか、弱い男ということなのだろうか、作品の中では最後に「今時古賀君や堀田君や坊っちゃん先生のような人間は珍しくてなかなか代わりが見あたらないが、僕のような当世流円滑紳士などはなどは、その気になればいくらでも代わりがいるということなのだろう……」と説明はしているが、腑に落ちない。明らかにつけたしのようだ。
なるほど……赤シャツだけをこの方向で掘り下げる必然性のようなものを描ききれないと、受賞には至らないってことか。特に『坊っちゃん』を下地にしてるだけに、求められてしまうのかも。
とはいえ野田氏は文末をこう締めている。
結局、この作品はいい役者といい演出家に出会うことによって、作家の誤読の理由が初めて見つかる。そうした可能性を秘めた戯曲だと思います。
わかってんじゃん秀樹
やめなさい
そういうことだよね。だから私たちがこんなに感激してるっていうのは、ホンの素晴らしさはもちろんのこと、それを最大限に生かすいい役者といい演出家に恵まれたということだよね。ホクホク。
あ、あと野田秀樹氏は、
巨人引力などという言葉も使っているが、これが象徴するものも怪しい。
とも書いているので、巨人引力が出てくるのなんで?わからん!と思ってた人たち、安心して!
私としては前述した解釈と、そもそもは漱石ファンであるマキノ氏が坊っちゃんだけでない漱石エッセンスを散りばめたから(他にもタカジャスターゼ*1とか)だと思ってるが、野田秀樹にも明確なことはわかんないんだから、みんな自信もってそれぞれ自由に解釈しようぞ。
芝居の感想に関してはあまり人目を気にしてないんだけど、他の人の意見が読めて嬉しかったから載せてみた。ひとり悶々とするばかりで、まだ感想を言い合えてないというのもあるかもしれない。もう観た方、よかったらお話しましょー。(用途がわからないから何も断言はできないけど、ムービーのカメラが入ってる回はありました。映像化されるといいね。)
最後に。
桐山さんの舞台は『泣くロミオと怒るジュリエット』に続いて二度目で、今回はたくさん観ることができて幸せだった。これからも一作も見逃したくないと思う。という気持ち悪いひとりごとで締める。オタクは気持ち悪いもの。しょうがない。推しという巨人引力が呼ぶままに、ただ堕ちていくだけ。
私の愛しい男たち ①(舞台『赤シャツ』感想)
赤シャツを観た!観たよー!
Akito Kiriyama of #JohnnysWEST and Sou Matsushima of #SexyZone put a new spin on a classic of Japanese literature with "Red Shirt!" Led by the always hilarious Kiriyama as the titular red-shirted teacher, it retells Soseki Natsume's "Botchan" as a comedy of misunderstandings! pic.twitter.com/Jj5CGgnXyx
— Johnny & Associates (@johnnys) 2021年9月6日
言わずと知れた夏目漱石の名作『坊っちゃん』に敵役として登場する「赤シャツ」を主役に据えた本作。舞台も戯曲も未見だけど、マキノノゾミ作品ということで発表時から本当に楽しみにしていた。
やっぱりマキノノゾミ×宮田慶子の赤シャツだったー!しかも宮田さん演出で。青年座以外でやったことあるのかな?わからないが…楽しみ、楽しみだよ、、おめでと、、
— はちころ (@imaslave_e) 2021年5月29日
マキノノゾミ氏が作演出を務めていた劇団M.O.P.の作品は昔いくつか拝見していて、すごく好きだった。と言っても公演を生で観たのは、最終公演の『さらば八月のうた』(2010)だけなんだけど。(あまりにキムラ緑子氏が素晴らしくて、なけなしのお金で当日券3回くらい並んだかな。もっとほかの公演もたくさん観に行っておけばよかったと悔し泣きしながら観た記憶。)
ハイパー余談だが、劇団M.O.P.で特に好きだったのは『オールディーズ・バット・ゴールディーズ』(2003)という作品で、CSで放送されたものを観た当時FJK(ファッキン田舎住み女子高生)の私は、客演の山内圭哉氏に一目惚れしてしまった。本当にかっこよかった。髪は地毛だと思っていた。
そこから十余年の時が流れ、山内氏は桐山照史氏と『あさが来た』『HOPE〜期待ゼロの新入社員〜』で共演するに至ったため、桐山照史meetsマキノノゾミというのは私のための座組だと思った。2人をつなぐ呪文ヤマウチタカヤマウチタカヤ。存在しない点と点を勝手につなぎ合わせてウホッ縁がある~とか言ってるだけなので誰にも伝わらないのだが。これだからオタクって嫌よねぇ。
そんなわけで期待値上がりまくり勝手にハードル上げまくりの赤シャツ。
ですがまずは観劇前に坊っちゃんを読み返すところから。
⚠️以下、坊っちゃんのネタバレあり⚠️
(坊っちゃんにネタバレも何もあるか!と言われそうだけど、赤シャツなら書くと思うわけ。)
学生時代に読んだ際もおもしろいと思ったけど、改めておもしろかった。というか昔よりもっとおもしろく感じた気がする。比喩じゃなくほんとにゲラゲラ笑ってしまうから、家でしか読めないくらい。
無鉄砲というのが、行動だけでなく文体からあふれ出ていて3150!
ワンセンテンスが短くてせっかちなのがよくわかるし、何に対しても感想に迷いがなく歯切れが良いところにしびれる。身も蓋もない物言いがクセになって、もっとほしくなって、ページをめくる手が止まらなくなるのだ。まあiPhoneで読んだんだけど。
特に大きな変化だと感じたのが、坊っちゃんを「あなたは真っ直でよいご気性だ」と褒めた下女・清の気持ちが少しわかるようになったことだ。
昔は変わったお婆さんだとしか思っていなかった。坊っちゃんに肩入れしすぎていて、薄気味悪い感じもしていた。それは私が坊っちゃんをあまり評価していなかったことの表れでもある。
大人になればなるほど、真っ直ぐ、裏表なく、自分の思うままに生きるということがどれだけ値打ちのあることかわかってくる。
だが坊っちゃんにも、その天賦の「ご気性」が曲がってしまうような局面はいくつもあったろう。それでも支柱のように寄り添い、褒めそやし、坊っちゃんがそのまま真っ直ぐ成長するのを助けた清マジリスペクト。
それに清としては坊っちゃんがかわいくて仕方なかったのだと思う。息子のように世話をしてきたということはもちろんあるが、向こう見ずで不器用で生意気だけど心根の素直な若者というのは本当にかわいい。
たびたびトラブルに見舞われるのも、赤ん坊が転んで泣いてを繰り返しながらよちよち歩きしているようでとんでもなくかわいい。かわいすぎて笑いが止まらない。ギャハハハ(本当にこういう感じで読んでた)。
そんなふうに坊っちゃんをエンジョイしていた私だけど、どうにも腑に落ちないことがあった。それはしばしば赤シャツが、坊っちゃんの「敵」だと説明されることだ。
たしかに坊っちゃんは赤シャツに対して猜疑心を持ち、折につけ不快感をあらわにし、最終的には天誅をくだすのだけれど、本当に敵という表現が相応しいのかは疑問だ。『坊っちゃん』の紹介にはよく「痛快」という言葉が使われるが、あくまで坊っちゃんの「ご気性」が痛快なのであって、天誅そのものにはなんのカタルシスも感じない。そもそも天誅という表現にも違和感を覚える。
そんな赤シャツ目線で描かれる物語はどんなものなのだろう?
とここまで書いたところでめっちゃ疲れたので続きはまた次回。
余談ばかりで回り道して、まだ池袋駅構内から出られていない気分だと思うが許してほしい。いけふくろうで待ち合わせしたのに肝心のいけふくろうがまったく見つからなくても許してほしい。(いけふくろうを待ち合わせ場所にしてはいけない)
えー、次でやっと東京建物 Brillia HALLの入口が見えてきますよ〜〜!みなさーーん!こちらでーーす!
②につづく。(たぶん)
検察側の証人の証人!※ネタバレあり注意※
9/2(木)マチネ 14:00開演
ことごとくチケット運はなかったけど、探して探して、当たり前だけど定価で譲ってくださる心優しい方にお会いでき、観劇してきました。ありがとうございました……。
もう、シンプルに、やっぱり生の舞台は最高だった!理由は後述します。
あとこの回はものすごく静かでマナーも良かった。特に開演直前の2-3分なんて静寂っていうレベルで無音だったので眠くなりかけた。危ない。(賞賛)
原作は一幕だけ読んで行った。フォロワーのえーじゅちゃんに相談したら、それがいいんじゃないかとアドバイスしてくれたので。
結果、私には最適解でした!
えじゅりん本当にありがとう!
⚠️以下ネタバレ含みます⚠️
まず、今回私は2階席上手側でした。
双眼鏡は持って行って良かったと思うけど、でも遠いという感じは全くしなかった。
むしろ裁判を俯瞰で見るような形になったことが功を奏したのである!きゅぴーん
まるで屋根を取り払われたドールハウスのような、箱庭のような法廷。その中で登場人物たちがそれぞれの持ち場で仕事をしたり、各々の感情を発露させているのを同時多発的に見る。神の視点を得たようで愉快愉快。
わかりやすい作業や反応をせずとも、ずっとそこにいなければならないのが法廷劇なんだねぇ。(当たり前体操)
だからセリフの多い人はとびきり多いけど、終始黙ってる人もたくさんいるという構成。梶原善こんなにしゃべらないのかよ!
でも、ただいる。ただ聞いている。ということがすごく大切なんだと思う。それはそれで難しそう。他の演目でも同様だとは思うんだけど、特にそれぞれの役割が明白で、静粛な法廷だからオフでの会話芝居とかもそんなに出来ない中で空気を作っていくというのは特殊のように見えました。
特に今作で心震えたのが、裁判の冒頭でマイアーズが陪審員に語りかけるところ。客席へのセリフの投げかけが秀逸なんだ。
法廷劇ということも知っていたし、観客は陪審員さながら観劇するとわかっているつもりだったけど、それは本当に「つもり」でございました。
公開ゲネの取材会でのんちゃん(小瀧望)が、演出の小川絵梨子さんに
セリフはプレゼントだから相手にちゃんとあげないと」という言葉をいただいた
出典:【ジャニーズWEST】小瀧 望 主演舞台『検察側の証人』取材会|全文&写真レポ | Oggi.jp
と明かしていたけど、実際にそれを体験してしまったんです。マイアーズからしっかりセリフを渡されてしまった私は激しく動揺し、ちょっと泣きそうになった。(情緒よ)
裁判に関わる説明台詞で、特に感動するとかそういったタイプのものじゃなかったんだけど。
マイアーズ役の成河さんはインタビューで、
自分が陪審員として座らされてしまっている、そんな作品になるものを今まさに作っている最中です。
出典:成河インタビュー 舞台『検察側の証人』 「自分が陪審員として座らされてしまっている、そんな作品になる」 | THEATER GIRL
そう話していたけど、みんなで仕掛けを作ってるよって顔をしてインタビューに答えてたくせに、いちばんの犯人あんたじゃん!という気持ちになった。
それと役者って毎度こんなやり取りしてるのかと思うと信じられない気持ちです。こんなこと続けてたら正気じゃいられないよね。怖い。
ま、アガサ・クリスティもめちゃくちゃおっかないけど。
本の中だけならどんなトリックも実現できるけれど、実際に上演するとなったら役者の演技力がトリックの主軸になってくるという恐ろしさ。見終わってわかる瀬奈じゅんさんの重責!怖ぇー!でも本当に素晴らしかったです!
ローマインが化けた謎の女を取り次ぐ際にカーターがひと笑い入れたのも、観客の意識を散漫させるテクニックだったのかな?あそこすごく笑っちゃったからなんか悔しいです。ウィルフリッドとメイヒューのおじさん2人組のおかしみも相まって、してやられた!
そしてレナードですよ。小瀧望。
原作の冒頭を読んだだけでも合ってそうだと思ったけど、本当に合ってた 笑
一幕の中だけで、人好きのする爽やかな青年ぶりとか、バカじゃないだろうけどそこまで賢くもないチャーミングさを印象づけないといけない。難しい役だけど、さすがでしたわ。信じちゃうよねー。ワンチャンのような瞳で訴えかけないで!あとストロベリーブロンドガールが登場したときの表情が最高だったから、もし映像化されるようなことがあったらちゃんと抜かれててほしいなー!ワクワク
ラストは、伏線が回収されたとか、謎が明らかになったとかそういうことじゃなく、ローマインもレナードもめっちゃ人間じゃん……というところで物語が閉じたように思う。彼らが何を考えてるかわからないというのが一番の謎で、誰がフレンチさんを殺したのかというのは(私にとっては)あまり問題じゃなかった。レナードの考えをもう少し聞きたかったとも思うけど、まぁ行き当たりばったりに行動し、天然で誰にでもよい顔をしてしまうたちの人なんだろうな。(ローマインに裏切られた後でも彼女の身を気遣ったり、そういうのも嘘じゃないんだと思う)
パンフレットの鼎談では、レナードが戦争に行ったことも大きく影響してるのではという考察も明かされていて、なるほどと思いました。アメリカのドラマとかでもアフガンから帰ってきた元兵士たちの闇とか描かれることが多いから、そういうこともイメージの助けにしたり。とはいえ共産圏から来た外国人に対する当時のイギリス人の反応が今の日本に皆無な空気かと言ったらそんなこともないから、対岸の火事ではないんだよなぁ。
それとローマインの賢さと献身には舌を巻くものがあるけど、同時に人が人を信じるフローを目の当たりにして、自分が物事を信じる指針が正しいのかどうか不安になった。マイナスにマイナスを掛けてプラスにしていくような計略に私もどこかで引っかかってるのかもしれない、とか。
いつの時代も人間は人間で、どんなに時を経ても特段変わってないのだと思い知らされる。人間の変わってなさ加減に落胆しつつ、物事の真理を描ききった当時の芸術家たちの聡明さに圧倒される。
ちなみに私が観た回は細かいセリフのミスが全体的に結構多くて休演日明けだからか?とか思ったけど 笑、それも含め生きてる舞台という感じがして楽しめました。嫌味じゃなく!アセアセ
小瀧さんは休演日も休みじゃなくてアイドルしてると思うんで、相変わらずJはすげえなと思います……。
大千秋楽まで無事に、日々お芝居の歓びを味わえますように。
#家族募集します #1話 #感想 #書き殴り #殴り込み
#家族募集します 第一話を見た後に書き殴っていた感想です。もちろん盛大にネタバレしていますし、文章もぐっちゃぐちゃなのでお気をつけあそばせ!
こんなに真っ直ぐでてらいのないドラマがあったかな?それでいて全然嘘くさくないの。なんでだろう。
もちろん保育という言葉を安易に使ってはいけないであろう問題とか(礼の厳しいツッコミはそういう意味でも大事だった!)、そもそもSNSで同居人を募集とか、現実味のない部分もあるんだけど、そんなに気にならなかった。すっかり物語に没入してた。
重岡大毅のファンだから見始めたけど、ファンじゃなくてもこのドラマを絶対大好きになってた!まだ1話しか見てないのにね、なんか言い切りたくなるんです。
俊平が蒼ちゃんにみどりの死を告白するシーン。話す前に息がこぼれたのを見て、胸がチクッとした。
重大なことを伝える前の緊張感。何十年ぶりに会った旧友にいきなり伝えることなのか?という逡巡。それに、言葉にする怖さもあったんじゃないかな。陽に嘘をつき続ける辛さはもちろんあったと思うけど、その嘘を信じたい俊平もいたような気がして。声に出したら、本当になってしまいそうだから。
そしてその後は至って冷静に語を次ぐ姿も印象的で。だから余計にあの一呼吸に、俊平の複雑な感情が滲んで見えたのかも。
みどりのことを、義両親や職場の人とは話してきただろうけど、基本的には陽との毎日。他の大人と話すことが、俊平には必要だったと思う。みどりの話じゃなくても別に良かったのかな? 私には子どもいないから何も分かっちゃいないと思うけど、知り合いに育休中、子どもとしか会話できなくてしんどかったって言ってた人がいて、その言葉がすごく残ってる。俊平も蒼ちゃんと話すだけで、心がほころんでいったから、あのシーンで吐露できた部分もあるのかな。頑張りを認めてほしいとか、そういう段階ですらなかったのかなと思った。
大人の100日なんてあっという間だし!何にも整理できないよね、実際は。自宅の様子が映るたび、そこかしこにみどりの気配や匂いが残っていて辛かったもの。
ここが作業デスクなんだね、この家具を3人で使ってたんだ、この色使いはみどりのセンスかな。トリプルファイブの紙人形もすごいよく出来てる。みどりが作ったのかな、とか。セットや小道具を見ながら泣くなんて、自分でも驚き。
でもそんな部屋で日々生活するなんて、正気でいられないんじゃないかって思ってた。
だから蒼ちゃんに会えて本当に良かったな…。
(陽の赤ちゃんの頃の写真も飾られてて、この先の写真だってたくさんたくさん撮りたかっただろうなって、みどりの気持ちも襲ってくる始末。)
それと構成。屋上のシーンまであっという間の展開のはずなのに、全く性急に感じなかったのがすごい。自分の感情とドラマのテンポがぴったり合ってたんだと思う。
ドラマでこんなに泣いたの始めてじゃないか?息苦しいし頭痛くなった……。(すみません映画だとヴァイオレット・エヴァーガーデンで吐きそうになるくらい泣きました。言わなくていいよ。)
そして役者陣。キャスティング発表されたときからワクワクしてたけど、本当にすごい人たちが集まった!ありがとう皆さん。ありがとうTBS。特に、やっぱり仲野太賀最高!勝利は約束されていましたが、さすがです。また愛さずにはいられない役になってた。仲野太賀が演じる役は、私の人生にもいてほしいと思ってしまう。あの力はなんだろう?それが山岸であっても、だ。強い。
木村文乃さん。私はWOWOWドラマWの「殺人分析班」シリーズが好きで。超絶当たり前なんだけど如月とは全く違う印象!真面目でまっすぐで少し潔癖そう?なところは共通してるんだよ、でも全然違う!
同い年の女として(つらい)憧れるきれいなお肌、可憐さもあるし、実際若く見えるんだけど、しっかりお母さんだったなぁ。
それから重岡大毅さん。
ファンになって1年7ヶ月。短い時間ですが、どっぷり浸かって色んな表情を見てきました。そして、なんとなく、あなたのお芝居をぼんやりと予想していました。 しげならこんな感じに演じるかなって。きっと素敵だろうなって。でもその反面、少し心配に思う自分もいました。
そんな自分を私はぶん殴りたい。
気持ちに気持ちで呼応するっていう、すごく大事なことができる役者さんだなと思って、ファンになった。それってきっとすごく難しいことなんだと思う。
でも技術面で苦労が見えることも多少あって。
こってこての関西弁が抜けなくて、標準語のセリフでは良さを出しきれないかも、と正直もどかしく思うこともあった。
そのたまに出る覚束なさと、役柄が持つ若さや未熟さが合致して味になるのは強みでもあったけど、役を選ぶかもなぁと。シンプルに滑舌が悪いと取られる危険性もあったし。
それと独特の高めの声。私は大好きなんだけど、セリフによっては上ずった印象、浮いた感じを持たれることもあったと思う。
(素人が色々すみません)
そういったことは、今まで脇役のポジションでも見えていた部分。一番セリフが多いであろう主役、そして父親役では、どう転ぶんだろう?と、考えてました。
でも、1話を見たら、いつの間にそんな芝居するようになったの?と思うことばかりで!
一年前、数ヶ月前の芝居とも全然違う。いつの間に、そんなスキルアップしていたのですか……?
相変わらず魂感じる芝居で最高だった。
でもそんな魂も、あんなに泣きながらの長尺では、セリフ回しが覚束なかったら伝わらない。
イントネーションがいちいち気になってたら没入できない。
そういう引っ掛かりが全然なかったの、感激しました。
(イントネーションだけでなく、日常会話シーンなのに「昨夜」を「さくや」と読まれたら興ざめするような、ボールを避けるを「さける」と読まれたらテレビにメンチ切るような、変なところ妙に細か人間なもので、私が気にしすぎなだけかもしれないけど。ごめんなさいね)
どれだけ、どんな努力をしたんだ?努力だけでは説明できないけど、努力なしには絶対に得られない何かを獲得したように見える。
底知れないよ。なんなんだよ。
婦人公論のインタビューで話してた、一番意識してるのはセリフをしっかりと覚えることっていう話に通ずるのかな?
基本的なことだけど、やればやるほど本番で余計なことを考えなくてよくなるから、究極の奥義に感じてると言っていた。
セリフの文字面を覚えるというだけの意味じゃないのかもしれない。
でかいことやり遂げる人だと思ってるし、世界中に愛されちゃう人だって本気で思ってる。
それがいよいよ現実になりそうで…なんか歴史が動く瞬間に立ち会ってるような、そんな感覚です。ただドラマ見てるだけなのにね。
でもおもしろいものに触れたときって、こんなにすごい作品に自分は出会えた、この作品の良いところを知ってるんだって思うだけで、霧が晴れたように感じちゃいませんか?
勝手に自信や力になるというか。だからエンタメはやめられないぜ。
主題歌「でっかい愛」が流れるタイミングもよかった。
ジャニーズWESTってそれぞれ歌声の個性が強い なぁと、特に一人ずつ歌い繋いでいくAメロでそれを再確認しました。
ちゃんと歌ってる人が違うってわかるのが私にとっては大きくて。
一人一人かわりばんこに現れて、また新しい朝に立ち向かう俊平の背中を押してくれてるように感じちゃったんだよなぁ…。
ダメ押し!やめて!もう泣かせないで!
これはオタクだからなんだろうか?
ファンじゃない方はどう感じたのか気になるので、感想ツイを探しにジャングルの奥地へと向かいます…。
エンドクレジットまで抜かりなく、ドラマ全体のテーマを伝えてくれているような演出も憎かったな。
予告で何度も役名を見てきたのに、色が入ってることにまったく気づいてなかったよ…。それぞれが助けを必要としていながらも、それぞれがヒーローってことなのかな。仲間のピンチは仲間が助ける!っていう大事なテーマ、役名と、エンドクレジットにもこめられてました。天才の仕事…
— はちころ🍣 (@imaslave_e) 2021年7月9日
#家族募集します
それと、泣いてばかりではありましたが、私も私なりに生活を続けようって思えるような、元気をもらいました。
とりあえず家事片付けるとか、そのレベルでお恥ずかしいですが…。
細かい感想はまた後にします。メモに書いてたら止まらなくなった…。悲しい気持ちもせつない気持ちもあるんだけど、すんごく元気もらいました!何があっても明日は来るから、自分なりに自分の生活を続けようって思える、元気。洗濯物干して、お風呂入って寝る!明日仕事!
— はちころ🍣 (@imaslave_e) 2021年7月9日
#家族募集します
心を動かすだけじゃなく、その後に体まで動かしてしまうほどの感動こそが本物なんじゃないかと思っているんだけど、まんまと動かされてしまったなー。
金曜10時、このドラマを見ることを目標に、また一週間生き抜きます。
ちなみにこれ1回リアタイしただけで書いてるから。見返したらもっとロングロンガーロンゲスト感想文になりますから。
あと、最後に…。
よくよく考えたら、みどりのいってらっしゃい!って声かけで終わったのが、素敵だけど残酷な気もしてきた。
これまでの100日はなりふり構わずやってきたけど、少しだけ余裕ができてみどりのことを想えるようになってからの2話…逆に俊平にとってはここからがつらい可能性もある。どうなるんだ…。
あ、あと!
俊平は母子家庭だったんだよね?サラッとしか触れられてなかったが。父親の記憶があまりないってことなのかな。それが今後の俊平に影響してくるか否かも気になります。
続・パパジャニ探検隊
映像系サブスクリプションサービスの恐ろしいところは、どんどん続きが再生されるところだ。
海外ドラマにハマっていた学生の時分、朝10時の開店とともに入店、DVDをレンタルし、夕方には続きを借りに行くというシステムを採用していた。しかし今の時代、廃人製造にそんな手間暇をかける必要はない。4巻だけ手に入らず近隣のレンタルショップをママチャリではしごする必要もないのだ。
自分はテレビの前で横になっているだけでいい。ジャニーズWESTが次々にお子さんを預かってゆく。ありがとうParavi。ありがとうジャニーズ事務所。
私はパパジャニWESTを見るだけの塊になった。幸せの絶頂である。
そんなことはまじでどうでもいいのだが、パパジャニWESTは最高の番組だった。
ジャニーズWESTの皆さん、人間が出来すぎている…? #パパジャニWEST
— はちころ (@imaslave_e) 2020年1月17日
振り返ると、ジャニーズWESTに最初に抱いたのは尊敬の念だったように思う。私自身はもう三十を超えた身でありながら、未だに自分の面倒を見るだけでもあっぷあっぷしている有様。だから余計にそう感じたのかもしれない。
初めて預かったお子さん、ハルキくん回だけを見ても好印象しかなかった。保育科卒だという桐山と、兄弟の面倒や家事を昔から担っていたという神山。両名の動きが突出していたのは言うまでもないが、皆一様にいきなり子どもをハイッと渡された20~30代独身子なし男性の動きではないのだ。
しゃがんで子どもと目線を合わせることとか、ごく当たり前なんだけど出来ない人もいる。
ハルキくんに対抗するかのように のぞむくん(22)を登場させ、ボケしろを作っていた小瀧(後に非ジャニヲタの友人にもパパジャニを見せたところ、あれはまじで自分に注目を集めるための行動だと指摘され、キュンとしてギャッとなって身悶えたが)も、夕食の打ち合わせとなると建設的な提案をしていたのが印象的だった。
ハルキくん回で
— はちころ (@imaslave_e) 2020年5月6日
ジュースをほしがるのぞむくん(22)
好き嫌い克服のためには、隠さずピーマンとわかった上でおいしく食べられるよう工夫した方がいいよね?と素晴らしい提案をする小瀧くん
照史パパの歯をみがいてあげる歯科衛生士小瀧さん
全部見られるのしんど#おうち時間はパパジャニ
小瀧だけでなく、回を追うごとにそれぞれの人となりが分かっていくのが楽しかった。
照史、のんちゃんも、何でダメなのか理由を言いながら注意してた。料理も買い物もミルクもおむつも完璧な神ちゃんすごい。流星、コツコツ作業できるし子どもにもイライラしないとこ尊敬。中間さんいつも何気に全力、率先して頑張ってる。しげと濵ちゃんも見どころ作ってるw #パパジャニWEST
— はちころ (@imaslave_e) 2020年1月17日
ミコト回でおままごとを離脱し、率先して米研ぎをしたところ、米に逃げたと非難された藤井に関しては私が間に入り文句を言ってやりたかった。
ちょっと男子~!りゅうせいに文句言わないの!全員で同じことに取り掛かってもしょうがないから、誰もやってなかった仕事をしただけでしょ!!!
永遠の学級委員女児である私は怒っているのに、藤井は非難されても、へへへと笑っているだけだ。おいどういうことだ。
彼は穏やかで人が良く、仕事の効率化まで図れる男だった。顔が良すぎるあまり、勝手にスカしたおにいだと思ってたことを謝罪したい。ごめんやで。
それとやっぱり神ちゃんは(神ちゃんは神ちゃんて呼びたい)すごかった。
よだかを見ていたからギリギリ顔と名前を覚えたけど、それまでは正直いちばん印象に残っていなかった。おらの目は節穴だ。
さりげなく出ているものを片付け、テキパキと家事をこなし、赤ちゃんのミルク作りやら寝かしつけやらを完璧にやってのけ、番組の予算なのに少しでもお安く買い物をしようと心がける。こんなアイドルいる???????(いた)
しかもギター弾けるしダンスも上手いらしい。おいどうした? 神はスペック盛りすぎじゃないか?(えっ、だから神山なの…?)なんで私は今までこの魅力のかたまり太郎に気づけなかったんだ?(節穴だから)
さらに私の脳髄にドゥドゥビドゥビドゥバとブッ刺さったのが、#20 ツグショショ回の桐山&濵田による『蛍の光』デュエット。
ここをカットせず生かしてくださったパパジャニスタッフ陣にスタオベ。
何の気なしに始まった鼻歌。
ルールールルー
何の気なしに始まっているのに桐山が主旋、濵田がハモリとしっかり分担されている。う……うまい…うますぎる…。
ルールールルールールールールールールー